ネットに潜む文才溢れる偉人(仮)達の戯れ「今やり直せよ。未来を。」

インターネット上には稀に、偉人顔負けの文章を発信する方が顔を出します。
前後のやり取り流れがどうだったのかにもよりますし、誰にどう響くかはわかりませんが、少なくとも私には響いているものを紹介していきたいと思います。

10年後にはきっと、せめて10年でいいからもどってやり直したいと思っているのだろう。
今やり直せよ。未来を。10年後か、20年後か、50年後からもどってきたんだよ今。

少し言葉がとっ散らかっていますが端的で情熱的で見事な警句。

誰しもやり直してみたい過去はあるでしょう
今がその「過去」なのだと捉え、心を奮い立たせ後悔する未来を回避しよう。

というコトですね。

「未来を」と「今」が同様であって対義語のような雰囲気を持つ複雑な語を二重に倒置法で刺す事で印象が濃厚に、本来の対義語である「過去」は〇年後という言葉で薄めているのも面白い。

もうすでに未来に行き戻ってきているという現在完了の形も実に面白い。

この言葉に対する反応に

「未来の記憶がないから無理」

みたいな直接的な否定の文章が結構あってこれまた面白い。

その言葉を見る年齢、性別、これまでの経験、今の立場…諸々で意味は大きく変わるんですね、やはり言葉は良いですねぇ。

例えば「他の人の選択を否定したくない」とか「覚えてるからやり直せるんだろ」とか言葉尻を捕らえて否定してみたり、

「戻ればやり直せると思うのは浅はか」「何をやっても後悔するのが人生」のようにもうなんか悟り開いちゃってる人もいたりして面白い。

肯定する人たちは何となく自分も名言っぽい事言わなきゃ!みたいな感じで焦ったり感化されすぎて空回りしているような文章もちらほら。

むしろ否定系の返信の方が理由が明確で面白かったりする。

後述するが私はやり直したいとは思わない、失敗も含めて今の私がある事が誇らしいし、過去の私は別人であり、1秒前以前の私に感謝しているから。

同じ「やり直したいとは思わない」でもネガティブに捉えると…

「やり直したい?いやぁ、もういいんじゃないかな。」

「なりたい自分」になれない自分に特に苛立ち、そもそも自信なんてない、そういうの疲れるし、もう10代じゃないし、そんな事したら今の環境崩れるし、その先「ちゃんと」出来るかも分からないし、家族は?当座の生活はどうするんだ。等々

新しい事をやるだけで言い訳ばかりしてしまう、むしろ自分がやりたかった事のハズなのに口に出てくるのはなぜか言い訳ばかり。

選択を誤らなければ…
あの時こうしていれば…
今の知識があれば…
子供の時にこんな事したから…!

どれだけのヒトが自身の判断で何かを成し遂げられるのかと言われたら元も子もなくなりますが、出来ない事を考えている時間も出来る事を考える時間も、

消費する時間は同じです。

無駄とは言いません、過去の経験をポジティブなら活かせます、ネガティブだったとしても反転させ活かす事で、歩む活力にする事も出来ます。

× あの時もあの時も…私は心が弱いから何してもダメなんだよ…!
〇 心の弱い人の気持ちを汲む事が出来る、配慮等事前に準備出来る。

的な、体験は未体験の人に対し大きな安心となり、信頼となります。

否定する為には結構エネルギー使いますので、実はYESのみの人よりも一度否定したり消極的な意見を出してみた人の方が内容分かってたりするのかもしれませんね。

で、それら後悔や体験、経験したことをひっくるめて

本当にやり直せたとしてやり直したいか?と問われれば私はNO。

失敗や恥ずかしい思いをした事も含めて経験であり、
そうならないよう努力してきたからこそ今があります。

後悔した未来から戻ってきて記憶リセットされて今ここにいるんだ。
と、くればやることは一つ。

後悔するであろう未来は絶対回避。

未来の自分の為になる事ならば迷うこともありませんね。

ではでは。

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