幼馴染の死。 - イマカラ

幼馴染の死。

昨日、大晦日に幼馴染が亡くなっていたと知った。

幼馴染…というより生まれた病院が一緒で、物心がつく前から遊んでいたので離れた場所にいる兄弟というような気持ちが強いかもしれません。

小中一緒で、高校は別々。

でも家は近いので近況報告しつつゲームしたり本を読んだり、たまに将来の夢について話したり、いつでも気が置けない仲だったと私は思っている。

父親同士も若い頃からの友人で、サーフィンしたりバイクに乗ったりしていて、今でもバイクや車を自慢しあったり、喋り倒して朝まで飲んだりしている仲の良い兄弟のようだなぁと見ていて思います。

親同士が一緒に出掛けるから一緒の場所に遊びに行く事も多く、悩みや困り事もワリと似ていて、今思えば共有する事で発散していたのかもしれません。

訃報連絡は私の父親から。
親の心境を思えばそっとしておいてほしいのは当然で、今は本当に何も考えたくないハズです。連絡が来た時のみ相手にも負担にならない程度に自分が出来る事を出来る限りでしようと提案しようと話したと思います。

当時を思い出しながら書くので、所々で中断してしまう。
いつもはやってみて思った頃をアウトプットするだけなのでそこまで時間はかからないが、とても時間がかかる、これは本当の事だと実感が出てきたのだろうか、とても悲しい、会えない、なんでだろう、同い年じゃないか、なぁ。

こうした事は当然乗り越えていかなければならないので、越えればこの気持ちが薄れていくのもまた当然です、しょうがない。しかし今のこの感情があったことは忘れたくない、ので残す事にしました。

もともと私的な事も多く書いていますが、極まっていますね。

なんとも。

手元には彼の夢が書かれた年賀状があり、今なんとはなしに眺めている。

俺がじじいになって死んだ時はやっぱりじじいの姿で若いお前に会うんだろうか、
沢山勉強して、面白い事やって、土産話を持っていくからちょっと待っててくれ。

人はいつか死ぬ、それほど遠くない未来に。
それが少し早かっただけ、私もいつか死ぬ、だけど死は終わりではないと思いたい。

人生最後の日は半世紀後かもしれないし、今日かもしれない。

生きているなら上向かないとね。

合掌

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